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家族問題中心に本を多数執筆している女性弁護士先生に会いに行ってみた

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2017年02月18日 公開
家族問題中心に本を多数執筆している女性弁護士先生に会いに行ってみたのアイキャッチ

青山一丁目には多数弁護士事務所がありますが、表参道は数えるくらいしか弁護士事務所はありません。

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

そんな表参道に35年間根を下ろし、女性弁護士の草分けとして活動してきた。

驚くことに彼女は元は専業主婦だった。しかし裁判官の夫からの酷いDVを受け離婚を決意。
子供をあやしながら、片手に六法全書・片手には哺乳瓶をもって司法試験に挑戦。当時合格率4%の難関といわれた国家試験に合格し、弁護士へ。

そうした体験を元に弁護士として活動する傍ら、離婚、相続、男女問題に関する本を多数執筆してきた。

主著書「離婚バイブル」(文芸春秋)にあるように、中村久瑠美弁護士はこうした問題に悩む女性たちの文字通りバイブル的存在になっている。

また同じような境遇の女性をサポートするために、マルイチ会という離婚後のこころのケアを行える会を立ちあげ、現在も100人の女性のサポートを行う、熱い心の先生にインタビュー!

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

中村久瑠美法律事務所に関して

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

---まず、事務所に関して、表参道に設立された経緯を教えてください

古い話になってしまいますが、私が独立して自分の事務所を構えたのは、ちょうど35年前です。

1982年ですから、まだ女性弁護士というのが全国に150名くらいしかおられず、とにかくとても少なくて、特に女性が独立して自分の事務所を持つということは、本当に滅多にないことでした。
大抵は、奥さん弁護士つまり夫の事務所でアシスタント的にしているか、大きな事務所の一員として雇われている女性弁護士が大半で、自立して事務所を構えてバリバリ活躍している先輩の女性の弁護士というのは、ほんとにわずかでしたね。

---都内だと、特にむずかしかったのですか?

都心では家賃も高いし、事務員さんを雇って事務所を構えるのは一大事です。
地方だったら、自宅事務所という方もあるでしょうが、都心ではそうはいきません。
私も弁護士資格をとって初めの3年ほどは有楽町の大手の法律事務所に勤めたのですが、一人で独立するのは結構不安でしたね。

とにかく「こんな女性弁護士になりたいな」というモデルがないので、弁護士登録4年目にアメリカに行ってみようと思って、アメリカに留学をしました。

---勤務弁護士から独立するまでの間でしょうか?

そうです。
アメリカでは世界中のロイヤーばかり集まるアメリカン比較法アカデミーという集中セミナーに出席し、その後、ニューヨークとワシントンの法律事務所に勤めて、女性弁護士の姿を色々見ました。みなエレガントで女性らしいが颯爽としていきいき仕事をしていて素敵でした。女性問題についてもアメリカ人の女性弁護士と夜を徹して語り合いました。「あー、こんなふうに、なれたらいいな」というロールモデルがいくつも見つかり、私は目標が定まって勇んで帰国しました。自信と覚悟がついたのですね。

そしてまずは場所探し。都内の中でも自分の事務所を作るには、「表参道辺りがいいな」っていう、まあ勘がはたらきました。(笑)。

当時は、銀座、新橋、虎ノ門辺りが法律事務所の一般的な、男性の先生方がやっておられた典型的な法律事務所密集地域。霞ヶ関に近くて大企業からお呼びがかかりやすい中心地です。
でも、銀座といっても、華の銀座ではありますが(笑)、ちょっとナウくはないでしょ?
やっぱり、ちょっと新しくて、女性向きで、気さくで気軽な感じもして、なんといっても「お洒落なのは表参道かな」っていう気がして、、、。

赤坂も、いいとは思ったのですが、あそこは反社会勢力が当時多かったですね。30代の女性弁護士が独りで法律事務所を構えるのには、銀座も赤坂も、ちょっとお呼びじゃないと、そこで、表参道が選択肢として残ったという感じです。
ですから、アメリカの女性弁護士の姿をイメージしながら、表参道辺りが私にはふさわしいかなと、そんなふうに思いました。

---表参道、ここでずっと根を下ろして、やってこられたのですか?

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

はいそうです。はじめは表参道駅2分、ちょうど今の紀ノ国屋さんの隣の小ぶりなオフィスビルの一部屋が私の事務所になりました。若い起業家が最初に独立開業するには絶好のオフィスビルでしたね。
友人も沢山できました。それから、色々な時代変遷があって、90年前後のバブル時代をご存知でしょ?

もの凄い勢いで、青山表参道地域はつぎつぎに再開発されて、私も地上げにあって、事務所を追い出されました。「はぁー、これは賃貸ではだめだ。自分の事務所を持たなきゃ」と思って、いろいろ苦労の末、幸い今の土地を手に入れて自分でビルを建てて、小さいながらも自社ビルで法律事務所をもつようになりました。
都内で自社ビルで法律事務所を運営している弁護士はそう多くはないとおもいます。

今でも表参道に法律事務所は少ないですかね。
やっぱり、ファッション中心の街ですかね。世界のブランド店が軒を連ね、美容室やおしゃれなカフェやレストランが多いのかもしれません。
港区渋谷区あたりは外人さんの住居も多く、国際結婚した方も多いから国際離婚に悩む方も次々相談にみえました。

ファッション関係の仕事の人をはじめ若くて小さいオフィスを持つ起業家がクライアントとしても多かったですから、青山というのは本当に中堅の女性弁護士の私には当たりでした(笑)。

---ロールモデルがなかったからアメリカに行ってみたというのは凄いですね。

そう、アメリカはロイヤーの先進国です。市民はなんでも弁護士に相談する。女性の味方は女性弁護士という感覚もはっきりしていたようです。日本では女性の弁護士で大丈夫か?など心配する人もまだいましたが、私は気にしませんでした。
自分の判断でクライアントの方に「こうしたら、どうでしょうね」って、お示しするようなタイプの弁護士って、当時はなかなか見つからなかったですから、結構信頼していただけたのだと思います。

---表参道の地域の特色を教えてください

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

やっぱり若手が多いです。
何か新しい事業を起こしたいという人は今も多いが、もう当時からたくさん居たことです。
割に小ぶりで、最初のスタートは表参道でするっていう人たちとも友だちになり連携ができました。
それから、ファッションは今でもそうですけど先端だし、表参道の会社、お店、そういうものは新しい息吹を感じました。

---飲食とか服飾関係でしょうか?

服飾が一番多いです。
それと、美容室、美容ね。
だから、銀座のような老舗の弁護士事務所が、たくさんあるような所ではありませんから、30代で独立するには、若い人に向いていました。

---昔はどういった相談者・依頼者が多かったのでしょうか?

実は、青山は銀座のママやホステスさん方のベツトタウンでもありました。銀座のホステスさんや、ママたちが夜遅くタクシーで帰ることができる距離でしたので結構私のオフィスと住まいが近い、というわけで相談に来ていただくことも多かったです。

夕べ銀座でお会いした人が、翌日青山のすぐ近いオフィスということで、私の事務所に法律相談にいらっしゃるなんてちょっとおもしろいでしょ。その後、バブル時代からはとても青山の家賃が高くなってしまって、そうした方は外に出て行くなど時代ともに少しずつ街の表情もかわってはいきましたが、お洒落でナウくて楽しい街であることにはかわりはありません。

中村久瑠美先生に関して

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

---なぜ、弁護士を目指そうと思ったのでしょうか?

それは、私の著書を読んでいただければ、色々な所に出てきますけど、私が大学を出た頃は、要するに就職なんて全然なかったです。私は東大をでたのにそんなありさまだったのよ。ほんとですよ。
女性は、短大で十分。4年制の大学出たら「もう歳だから早くお嫁に行け」っていう、そういう時代ですから。
特別、職業意識に燃えて何か資格をとるとか、大学出たら先生になろうとか、公務員になろうとかいう意識がはっきりしている人はともかく、大多数の文系の女の子っていうのは、本当に就職口はほとんどありませんでした

私の家も結構古いタイプで、なんとしても結婚しなきゃいけないって母親に言われ、素直に、「はい、はい」っていうことで適当な人が居れば結婚しようと思っていました。私は大学では文学部で美学美術史を専攻したので法学部ではないですから、弁護士志望など全くありません。大学に残ってもっと研究出来たらよいとおもって、文学部の修士課程に進学しそれと同時に結婚しました。学生結婚のようなものです。
修士1年目23歳で母のいう通りまずは結婚して、翌年子どもも産んで、一応女性として当たり前のことをすませました。

---では結婚後に弁護士の勉強をなさったっていうことですか?

そうです。
家庭に入っても、専業主婦ですとすることがないですし(笑)。

---何かそのきっかけって、あったんですか?

たまたま夫が法律家だったし、本棚には法律書がいっぱいあったし、帰って来ても話すことは法律の話ばっかりだから、それじゃ勉強しようかなと思って、きっかけは、そんな夫の影響です。
だから、医者と結婚したら医者になっていたかもしれないし、建築家と結婚したら建築家になってかもしれません(笑)。
私は、最初は、それぐらいのものでした(笑)。

ところが、それから2、3年して、夫とのすごい確執がありまして、今でいうDVです。
とにかく、カッカカッカきたら、いくらでも殴る蹴るをやられ、それで私は脳外科に入院するほどの大怪我をしました。
私の著書、「あなた、それでも裁判官?」(暮らしの手帖社)やその他の著書に出ていますけど、もうこれ以上無理ということで、子どもを連れて離婚をすることになりました。

昔の男たちは「女は男に従うもの、女なんて仕事はできない」と当然のように思っていました。
だから、裁判官でもそうで、女に裁判なんかわかるか!という、そういう発想で、いまでは本当に信じられない事でした。
詳細は本にみんな書いてありますので、読んでくださいね(笑)。

昭和40年代の一地方裁判所に裁判官が50人ぐらい居たとしても、その中に女性裁判官は一人居るか、いないか。全く女性裁判官のいない裁判所は全国いたるところにありました。

世の中に女性が半分居るのに、男女問題を裁こうにも、女性の裁判官が1人か2人、弁護士だって全国に百人ちょっとしかいなかったのですから、女のことをわかってくれといっても土台無理ですね。

これはまずいなと思って(笑)、私も当時26歳でしたが、今からでも勉強して女性の味方になれる弁護士になろう、それには司法試験を受けるしかないなと決心ました。

それで、20代後半から勉強をして、法学部にもう一度入って、右手に六法全書、左手に哺乳瓶を持って、子どもを、あやしながら司法試験を目指して猛勉強しました(笑)。
その後、2年ぐらいで幸い受かりましたから、今の私があるわけです。

---先生の中で裁判官とか、検察官っていう選択肢はありましたか?

もちろん、役人のほうが逆に楽だろうという人も居ましたけど、私の感覚としては、やっぱり女性の一番身近に居て相談に乗り、力になれるのは弁護士だと思います。
弁護士は、人々の生の声を聞くことができる。叫びを受け止める立場です。
ところが事件というものは、裁判官は書面が来て初めて判断するんです。

判断は大事ですけど、やっぱり生の声を聞いて、どこに問題点であって、どうしてあげたらいいかっていうのは弁護士です。

---じゃあ、先生の中では、ほぼ、そこで決まっていたんですね?今は、本当になってよかったというか。

はい。
もうこれしか、ちょっと考えられないです。

---家族問題の本を多数執筆されているという、きっかけというのは、そもそもそういったところがあるからですか?

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

それは、そうです。
最初は、講談社の「はじめての離婚」という本です。女性が自立して生きることの意義、勇気、覚悟といったものを講談社からぜひ書いてくれというオファーがあって、それじゃ書きましょうっていうことでお受けしました。その後も「相続と遺言の知恵」(講談社)、「いきいき離婚、あんしん講座」(日本実業出版)、「家族の法律」(暮らしの手帖社)というように、注文に応じてどんどん毎年一冊ずつぐらい書いていきましたね。

若い女性たちの為ばかりではなく、中高年の女性の人生にも関心をよせました。「55歳からの離婚計画」(講談社)では、ちょうど年金分割の法律ができたのに合わせてどうしたら、熟年離婚を乗り越えられるかも、本にしました。

マルイチ会について

私の事務所では離婚事件など通り一遍の事件を解決してあげてハイさよならはつらいです。お医者さんもそうではないかしら?治療が済んで治ったらそこまでで一件落着ということもありましょうが、癌のような難しい病気はあとのフォローが大切です。

離婚は人生の癌のようなもの。離婚後の人生のフォローがとても大切です。このひとの事件としては解決はしたけど、その後の人生大丈夫だろうか、なにか力になってフォローしてあげたいなということが非常に多かったんです。

そこで、離婚後の人生こそ本当の人生なのよっていうことで、マルイチ会という、会を立ち上げました。バツイチと当時は言われていましたが、「バツイチじゃないよ、マルが一つ付くよ、つけなきゃだめよ!」という応援の意味でマルイチ会というのを作って、私の事務所を通じて離婚した女性たちを、時期も年齢もバラバラですが、みな私の離婚学校の卒業生ということで呼びかけて、マルイチ会を立ち上げたのです。2001年のことですから、もう創立17年になります。

---女性が離婚した後のケアができるような。

そうです。
だから、事件終了と同時に「はい、さようなら」ではなくて、その後、元気でやっているか、仕事は大丈夫か、子育て大丈夫か、何かそのようなことを全部ボランティアで、お金などなしで面倒みています。
そのマルイチ会のことなんかを、あちこちの新聞などでエッセイ風に書いていたのが、講談社の人の目に留まって、「はじめての離婚」という本になりましたから、出版とマルイチ会は私の宝です。

---絶対、男性の目線ではできないですね。

でしょうね。
マルイチ会では10年目、15年目に一般公開でフォーラムを開催、女優さんなどもパネラーに招き青山のホテルで華やかに行いました。また「バツイチなんていわせない!」という本を私がPHP研究所から出したことにあわせて、会員たちの手記をまとめて本にしてまとめました。自らの離婚体験をつづって

活字にすることでマルイチ会員の自立心はいやが上にも高まり、みなさん、力強く離婚後の人生を生きていることがわかって、本当に感動しました。
マルイチ会は今年で18年目にはいりましたが、これからも、続けていくつもりです。
その結果そうした本を読んで、自分も離婚するなら、久瑠美先生に頼みたいという人が自然に増えて、結局、私の事務所では離婚関係が一番多くなりましたけど、その他もちろん相続や不動産、土地問題がらみは多いし、会社関係や著作権問題などもやっています。

---何名ぐらい、そのマルイチ会の会員はおられますか?

離婚事件はもう1000件以上やりました。しかし全部が全部をフォローもできないし、入会希望者でわたしがこれはと思う方に入ってもらっているので、延べで100から200人くらい。実際に毎回出てきて活動する人はそんなにたくさんは居られません。
でも、そこに帰属していることで、自分の実家みたいな安らいだ気分になっておられる人も居ます(笑)。
同様な体験をした人が、自分の思いを吐き出すことで心から共感を覚え、互いに元気を貰い合い友情をはぐくみ人生のほんとの友を得たという方も多いマルイチ会です。
実際のところ、結婚はしてはみたが残念ながら幸せでないこともあるでしょう。

しかし、世間体とか、自分じゃ自立できないのではないか、自分では食べていけない、子どもが育てられないかもしれないという迷いの中で揺れている女性も少なくありません。悩み、迷い、苦しんでいるとき、「そんなことないよ。やってごらん。勇気を出して一歩踏み出すことによって、あなたらしい人生が開けるよ」って、それは言いってあげることも必要でしょう。

そのへんのことを拙著「離婚バイブル」(文芸春秋)で詳しくかきました。決断度をプラス2,1から、マイナス1,2まで指数で示して、それぞれの処方を示しました。
「自ら(離婚を)決断をする」のは大変なことです。その辺のプロセスを大切に受け止めてあげるのも私の仕事。普通の離婚事件を「ああ、そうですか」って機械的に受ける弁護士とは全然違うと思います。

---経験を踏まえて、先生は話ができるっていうのは強いですよね。

やはりそうですね。経験者とそうでない人とは、雲泥の差があるはずです。もちろんご依頼者の中には「先生は特別だから、、、」という方も居られるけれども、感覚でどこかピタっと合うっていうものは感じて下さるのではないかっていう気はします。

お仕事に関して

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

やっぱり、人間の生き様が一番よく出る事案がやりがいを覚えます。
私は、法科大学院の講師もしておりました。5,6年前のことです。
そこで、私は家族関係法を担当していたのですが、当時は小泉総理の変革の時代で、とにかくグローバル化をしろ、企業弁護士が足りないとから弁護士数をふやせという司法改革の掛け声がかまびすしくて、今後はアメリカ並みに商事関係、企業法務に力を入れる時代という感じがありました。

だけど、私はそこで、どんなに世の中が進み、商取引が盛んで経済が豊かになったところで、人間の営みは絶対に変わらないんだ。

男と女が居て、家庭を作り、子どもを産み育て、やがては老後ケアしてもらい介護されて亡くなって、その遺産がどうなる、そういう人間の基本的な営みをおざなりにしてはいけない。

特に司法試験には、その辺の試験問題が出ないということで、あまりやらない学生も多かったんです。家族関係法は手を抜いても構わないと思うような学生もいて、私は大変心配し、苦言をていしたものです。

法科大学院では「あなたたち、人間を見ないで企業がいくら儲かったって話をしてもしょうがないでしょ」「家族関係法をしっかり勉強しないで司法試験を受かっても大した法律家にはなれません。」と繰り返していたのです。

だから、そういうような形で講義して、教室では結構私のファンは居ましたよ(笑)。

それで、「中村久瑠美の家族関係法は絶対聞くんだ」って言ってくれた学生も居ました(笑)。
「なんとかいっても家族関係は人生の基本である事には間違いないのだから、これをおざなりにしないほうがいいよ、取引法なんてそのつぎよ、」っていう話をしました。

離婚問題と相続問題は絶対に私に相談しよう、と思ってくれたようです。

---家族の中で、相続問題を引き起こさないコツなど?

相続は血のつながりのある者同士の争いですから、醜いです。離婚ならもとは他人だから仕方がない。

といえますけどね。

拙著「相続と遺言の知恵」で随分触れたのですが、人間本来の心のさもしさとか、兄弟間の確執、幼い時の不公平感そういう所まで深く考えて、人間とはこういうものなのだ、と一歩下がって客観的に見る必要があります。

そうすることでとことん、酷く争わないで済むんでしょうけどね、当事者でなくてはわからない、心の葛藤もあって難しい事件は少なくありません。

もし家族間でそうした問題を引き起こさないコツがあるとすれば、欲をかかず、譲り合う。人間としての深い英知、深い哲学を持った人は起こさないのでしょうね(笑)。

---やっぱり、なるべくしてなるっていう感じですかね。

どうしても、そういうのは、あります。

---昔と今の違いで相続も離婚も変わって来ましたか?

本質は変わらないです。
ただ、時代と共にバブルが酷くなった時、相続税が大変な時、そうでもなくなった時、それによって相続の争いは微妙に違ってきます。税法の改正でもおおいに違いますよ。
税金を払うほど遺産があるんだっていうことで急に争いが増えたり、税金も払うほどもない、そんなにないんだからっていうことで、ちょっと潮が引いたりはありますが、人間の考える事はそんなに変わる訳はないです。

結婚、離婚については、女性が仕事を持つようになってきたから、それは随分違います。

---みなさん、強くないですか?

強いでしょうね、中には勝手な人もでるでしょうね。
私の時代であれば、ほんとに離婚するって事は女性は明日から食べられなくなる事だったんです。
働いた事もなかったし、養育費の算定表なんていうものもなかったですから、いくらくれるかもわからないし、そういう意味では、離婚するっていうのは、余程でないとなかなかできない事でした。

実家がちゃんとしていて、「いいからもう帰っておいで」って言ってくれないと、なかなかできない。
だけど今は、みなさん、結婚しても、子どもができても仕事を辞めないから、食べるのに困るとか、そういうのがなくなってきました。

逆に、男の人とフィフティー・フィフティーで、「俺が働いているんだから、家の事はお前がやれ」ってことが駄目になってしまいましたね(笑)。
イクメンというか、私も息子が居ますけど、疲れて帰って来るのに、その上、一生懸命スーパーで色々買い出しをしたり、子どものものとか、ちゃんと買って帰って来るし、平等になったと言えば平等になったけど、男性も本当に大変になりました(笑)。

かつては女性で離婚してしまうと、まともな仕事は得られなくて、二か所、三か所、働きながら繋いだ方もあったろうし、保育所もあまりありませんから、かなり恵まれたというか環境が整わない限り、女性が離婚して、生き生きやって行くのは、なかなか大変でした。

今は、そういう意味では、食べる事くらいはできる、仕事はあるし、保育所はあるし、逆に亭主が居なくなってノビノビしちゃう人もいっぱい居るでしょうし(笑)、ちょっと時代と共に変わってはきています。

でも住むところの確保はいつでもたいへんですよ。不動産があるなしでは全く違ってきます。私の事務所の離婚事案では、住居の確保にとくに注意をはらっています。
それとやはり心の問題は重要視します。

「どんな原因で別れたかによって、その後の人生が違う」ってあまり知られてないでしょう。私はあちこちで書いたり、話したりしていますが、夫の浮気で別れる人、暴力で別れる人、それによって人生観が違ってくる、それは凄く感じます。

---やっぱり、みなさん、別れ方によって違うんですか?

違います。
そのプロセスは凄く離婚後に響きます。
お話の最初に相談を受けて、「じゃあ、一緒に頑張ってやりましょうね」っていうプロセスの中で、段々その人が勇気づけられて、「あー、よかった」って言ってくれる、その辺が全部、私の役目だと思っています。

最後に

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

---36年目に突入して、振り返って見ていかがですか?

最近は女性の弁護士さんも増えてそれぞれ活動されていますが、やはり十分なスキルとともに、人間に対する愛というか、誠実な心を磨いてほしいと思います。

一生かかってもマスターしきれない奥の深いしごとですから。この半世紀近く、女性に関する法律も整備されて女性が活躍しやすい世の中になっては来ていますが、個々的にはまだまだ不十分です。

これからも女性弁護士に課せられた課題はすくなくないでしょう。

---メッセージをお願いします。

中村久瑠美法律事務所 中村久瑠美弁護士

もうたくさんメッセージはお伝えしたつもりですので、事務所からのお知らせをひとつ。

中村久瑠美法律事務所は、今年2017年1月に改名して、Nakanaka Partners’法律事務所となりました。

私単独の事務所は35年で区切りをつけて、検察官出身の仲田章弁護士を迎えて、一層仕事の拡充を図ろうと張り切っています。女性問題にはこれまでどおり取り組むのはもちろん、さらに広く刑事事件や行政事件など世の中の矛盾や改革に尽力できる事務所体制を整備しようというものです。

私の事務所であることには変わりありませんから、どうぞ今後ともお気軽にお声をかけてくださいませ。

本日は長時間ありがとうございました。

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中村 久瑠美 (東京弁護士会所属 / Nakanaka Partners’法律事務所)

中村久瑠美法律事務所では、あいにくEメールでのご相談は受け付けておりません。 複雑を極める法律問題。やはりここは実際にお会いして初めて状況が把握できるものです。 それぞれの方の立場に立って、一件一件、きめ細かく事件の解決に努めております。 ご相談については、お電話でアポイントをお願い致します。

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編集部

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